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今は昔・・(えぇ・・ブログ違いませんか? まあ良いじゃないですか) 京の北山の或奥まった山路に、四五人の樵夫(しょうふ)が分け入って方角に迷って居ると、上の方から是も四五人の比丘尼(びくに)が、手に手に大きな茸を持って、舞ながら降りて来た。天狗か鬼神かと最初はびっくりしたが近づいて見ればただの尼さんなので、是はどうしたことかとわけを問うと、花を摘んで仏に参らせようと、友どち(ママ)誘い合って山に入って来たところが、路がわからなくなった。空腹を忍びかねて、そこに生えた茸を採り焼いて食べると、忽ち手や足が自然に動いて、心ならずも斯うして舞うと答えて、木樵(きこり)が見ている前でも始終舞いかなでて居た。 能狂言の「比丘尼」などでも、尼さんに舞を所望し、それが舞うのを見て見物は腹の皮をよじるのだが、舞の流行した室町文化の世ですら、比丘尼は人間の最も舞い得ない階級だったのである。 然るに此の物語では事件は更に展開し、木樵り共も餓えに迫られて死ぬよりはましと、其のきのこを貰い受けて共々に食って見たところが、果たしてこの連中も頻(しき)りに舞いたくなって、尼と男女の二群になって、舞いつづけつつ段々と山から出て来た。 この「在り得ないでしょう」という構図から湧き出る笑いがヲコの例なんです。 「近年その舞茸あれども、之を食ふ人必ずは舞はず、いぶかしき事なり」と丁寧に語り添えて居る。 「さらに在り得ないでしょ」というのがまたヲコなんです。 ヲコを言葉で説明するのは難しく、と云うよりも意識的に説明を避けて、 「鳴滸(ヲコ)の文学」の中では、幾つもの例をあげています。 (「遠野物語」にしても「山の人生」も、お話しを並べあげて一定の法則を読者に伝えるのが、柳田國男のひとつの「手法」なんですね。) もうひとつ今昔物語集から 其一つは、芥川龍之介君がもう短編に書いてしまったから、 詳しく取次ぐ必要も無い鼻の話し。 といいつつ我等が柳田翁はしっかり解説を入れています。 今昔物語集のお話しは芥川とはまた印象が違います。 ・・・・そんなわけで鼻のお話しの続きは「無弦弓」に引き継ぎます。 近年、このヲコの芸術は衰退していると柳田は言います。 ヲコが馬鹿に「成り下がった」のは何故かと云えば 「一言で言うならば、人生に余裕が無くなったのである。 多忙な芸術などというものは昔の世には無かった。」 けれども、この多忙な時代は加速して行くようにも思えます。 この後ヲコはどうなるのでしょうか・・・ ![]() 文頭画像は「南天の花」 虚子の歳時記によれば六月の季語です。 新歳時記 増訂版 「アナベル」の花が咲きました。 花の色はグリーンから純白へと変わります。 花茎が細いので、 風がふくとゆらゆら揺れ、 やさしげな動きが優雅です。 さて、昭和文学全集 巻四 はこれで一応終了。 只一人、久保田万太郎はギブアップしました。 どうやっても、何回読み直しても、この人の世界には入り込めませんでした。 パス壱含め、まあ、めでたく終了です。 つぎは少し時間が空くかも知れません。 迷った末に 巻二 島崎藤村 「夜明け前」に入りました。 銀河鉄道の夜が27ページなのに「夜明け」は532ページもあります。永い・・・ 長編が読みたくなったので、目標一週間で(無理かな)。 では、また
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| タイトル (本文) | ブログ名/日時 |
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| 内 容 | ニックネーム/日時 |
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柳田國男という人はすごい人ですね。ヲコという言葉のニュアンスがなんとなく分かるような気がします。木樵りと比丘尼のお話は、あり得ない話ですが、想像の中ではあり得る世界、その様子を想像すると実におかしい。なるほど、それがヲコなのかと思いました。比丘尼という言葉自体、笑ってしまいます。どんなスタイルなのでしょうか。 |
エフ・エム 2008/06/09 22:40 |
エフ・エムさん、こんばんは。 |
ちと 2008/06/10 22:26 |
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