「ちと」・・・読書と静かな生活と
「無花果」と「雪国の春」柳田國男
<<
作成日時 : 2008/06/03 23:48
>>
トラックバック 0
/
コメント 0
柳田が前年末、貴族院書記官長という高級官僚の地位を捨てて
朝日新聞に入社する条件は、三年間の旅ということであり、
その結果が『雪国の春』『秋風帖』『海南小記』の三部作にまとめられたのであった。
宮田登 巻末解説より
エリート官僚の地位を捨ててまで果たしたかった願い。
そこで見出したものの一部が『雪国の春』に記されています。
日本の雪国には、二つの春があって早くから人情を錯綜(さくそう)せしめた。
十和田などは自分が尋ねて見た五月末に、
雪を分けて僅かに一本の山桜が咲こうとしていた。
越中の袴腰峠、黒部山の原始林の中では、共に六月初めの雨の日に、
まだ解けきらぬ残雪が塵を被って、路の傍に堆(うずたかく)積んで居た。
東京などでも三月に室咲きの桃の花を求めて、雛祭りをするのを
わびしいと思う者がある。
去年の柏の葉を塩漬にして置かぬと、端午の節句とういのに柏餅は食べられぬ。
日本は、南北に細長い山がちな国であって、同じ歴で同じ祭りを統一して
行うには何がしかの違和感があるのだと、指摘されればそうなのですがね。
雪国では、花咲く季節は遥かに遠い雪に埋もれた元旦に、歴の上での『春』を迎える。
つまり雪国には二つの春があると。
稲はもともと熱帯野生の草である
。
なるほど。
瑞穂の国という名は、稲作を「大いなる意思の力」で取り入れたことで
豊かになったこの国の別名で、気候温和にして緑豊か、永いゆるやかな
春をむかえる中央の地を基準に物事は動いたのです。
さすれば
都鄙雅族(とひがぞく)
とはなんぞや、と柳田は問いかけます。
風土と季候とがかほどまでに、一国の学問芸術を左右するであろうかを
訝(いぶかる)者は、恐らくは日本文献の甚だ片寄った成長に、
まだ心付いて居らぬ人たちである。
支那でも文芸の中心は久しい間、柳青々たる長江の両岸に在ったと思う。
そうで無くとも我々の祖先が、夙(つと)に理解し歎賞(たんしょう)したのは、
所謂江南の風流であった。
恐らくは天然の著しい類似の、二種民族の感覚を相親しましめたものが
有ったからであろう。
始めて文字というものの存在を知った人々が、新たなる符号を透して
異国の民の心の、隅々までを窺(うかが)うのは容易の業でない。
殊に島に住む者の想像には限りがあった。
本来の生活ぶりにも少なからず差異があった。
それにも拘らず僅かなる従来の末に、忽(たちま)ちにして
彼等が美しいと謂い、あわれと思うもの総てを会得したのみか、
更に同じ技巧を仮りて自身の内に在るものを、彩り形づくり
説き現すことを得たのは、当代に於てもなお異数と称すべき慧敏(けいびん)である。
かねて風土の住民の上に働いて居た作用の、たまたま双方に共通なる
ものが多かった結果、言わば未見の友の如くに、安々と来り近づくことが
出来たとみるの外、通例の文化模倣の法則ばかりでは、実は其理由を説明することはむつかしいのであった。
北国の雪に閉ざされた長いながい冬の果てに、やっと訪れる春。
この春は「国家政権中心地」にある人たちの計り知れない苦労の末にある喜びに満ちたもの。
しかし、雪に埋もれた冬のあいだにも、雪国の風土や人を育てたであろう
きらめく宝珠があるのだと柳田は語ります。
幸いにして家の中には明るい囲炉裏の火があり、
其火のまわりには又物語と追憶とがあった。
何もせぬ日の大いなる活動は、恐らくは主として
過去の異常なる印象と興奮と叙述であり、また解説であったろうと思う。
即ち冬篭(ふゆごも)りする家々には、古い美しい感情が保存せられ
培養せられて、次々の代の平和と親密とに寄与していたのである。
其伝統が行く行く絶えてしまうであろうか。
はた又永く語り得ぬ幸福として続くかは、結局は雪国に住む若い女性の、
学問の方向によって決定せられ、彼等の感情の流れ方が之を左右するであろう。
男子が段々と遠い国土に就いて、かんがえならねばならぬ世の中になった。
雪国の春の静けさと美しさとは、永く彼等の姉妹の手に、其管理を委托せられて居るのである。
どちらが良いとか正しいとか、より優れていると云う視点では無く、
弱いものを保護する、もしくは守ってゆこう等とも働かない、
これは「対等に接する」と云う姿勢では無いかと思うのです。
あるいは「珍しい話を喋りたくてたまらなかったものだから」という
単純な愛情なのかも知れません。
私にとって柳田國男の文章を切り貼りする行為は不可能に近く、
とても好きな作品だけに、記事にするには難航を極めました。
何度もなんども読み返したのですが、読めば読むほど魅力が深まります。
恐るべき老翁です。
柳田國男にはこの全集掲載作品以外にも、海上の道・蝸牛考・・
読みたい作品はまだまだあります。
北国の春 柳田國男 昭和文学全集 巻四
冒頭写真は「いちじく」。無花果と書くのが好きです。
一昨年てっぽう虫に手ひどい打撃をうけ、もうだめかと思ったのですが、
なんとも強い果樹です。
下の写真は日曜日に撮影した紫陽花。此の時既に梅雨の準備は整っていた様子です。
もうちょっと写真が上手く取れると良いのに、難しいなぁ。
設定テーマ
花
関連テーマ
一覧
写真
ガーデニング
植物
'); function google_ad_request_done(google_ads) { var i; if( google_ads[0] ){ document.write("
"); document.write("
Ads by Google
"); document.write("
"); } // GoogleAdsense for(i = 0; i < google_ads.length; ++i) { if (! google_ads[i] ) { break ; } document.write("
"); document.write("
" + google_ads[i].line1 + "
"); document.write("
" + google_ads[i].line2 + " " + google_ads[i].line3 + "
"); document.write("
" + google_ads[i].visible_url + "
"); } if( google_ads[0] ){ document.write("
"); document.write("
"); } } // -->
関連テーマ記事
[花]
→
「花」テーマの記事一覧へ
→
ウェブリブログの「花」テーマの記事一覧へ
<< 前記事(2008/05/31)
トップへ
後記事(2008/06/09)>>
月別リンク
トラックバック
(0件)
タイトル (本文)
ブログ名/日時
トラックバック用URL
自分のブログにトラックバック記事作成
(会員用)
タイトル
本 文
コメント
(0件)
内 容
ニックネーム/日時
コメントする
ニックネーム
URL(任意)
本 文
<< 前記事(2008/05/31)
トップへ
後記事(2008/06/09)>>