「ちと」・・・読書と静かな生活と

アクセスカウンタ

help リーダーに追加 RSS 「柘植のつぼみ」と「死者の書」折口信夫

<<   作成日時 : 2008/05/07 08:53   >>

トラックバック 0 / コメント 2

画像


彼(か)の人の眠りは、徐(しず)かに覚めて行った。
また、黒い夜の中に、更に冷え圧するものの澱んでいるなかに、
目のあいて来るのを、覚えたのである。

       した した した。

    耳に伝うように来るのは、水の垂れる音か。

ただ凍りつくような暗闇の中で、おのずと睫(まつげ)と睫が離れて来る。
膝が、肱が、徐(おもむろ)に埋もれていた感覚を取り戻して来るらしく、
彼の人の頭に響いて居るもの----。
全身のこわばった筋が、僅かな響きを立てて、掌・足の裏に到るまで、
ひきつれを起こしかけているのだ。



あまりにも有名な『死者の書』折口信夫の冒頭の部分です。


     
       ああ耳面刀自。          (耳面刀自〜みみものとじ)



蘇った語が、彼の人の記憶を、 更に弾力あるものに、響き返した。

   
     耳面刀自。おれはまだお前を・・・思うている。


   

右京三条七房にある南家の郎女(いつらめ)は、
静かな屋敷の外からの隙見を禦(ふせぐ)簾の奥で、
父からの贈り物の「称讃浄土仏摂受経」を写経する
深窓の姫君であった。

その姫君が、まるで「その存在」に導かれるように・・・こともあろうに
万法蔵院の女人結界を犯して、境内奥ふかくに侵入してしまう。


  人間の執心と言うものは、怖ろしいものとは思いなされぬかえ。


物語をつなぐのは当麻語部媼(たぎまのかたりのおむな)です。

幸福に眠る姫には今宵も谷の響きが聞こえていた。
更けた夜空に遅い月が出た頃、静寂の中に「物の音」が聞こえる。
つた つた と近づいて来る足音は、媼の聞した物語。
姫は身を固くして戦(おののき)ます。

  其のお方の、来てうかがう夜なのか・・

   つた つた つた。
郎女は、一尚(ひたすら)、あの音の歩み寄って来る畏しい夜更けを
待つようになった。
おとといよりは昨日、昨日よりは今日という風に、
其の足音が間遠になって行き、此頃はふつに音せぬようになった。
その氷の山に対うて居るような、骨の疼(うず)く戦慄の快感、
其が失せて行くのをおそれるように、
姫は夜毎、鶏のうたい出すまでは、殆、祈る気持ちで待ち続けている。


きれぬ(切れぬ)糸をつむぎ、織物を織る姫(郎女)。
「此機を織りあげて、はようあの素肌のお身を、おおうてあげたい」
人々が寝静まった秋の夜、暗闇に包まれた姫の(身を寄せる)家の中に
「郎女が----」とさけぶ声がした

   誰(た)れぞ、弓を----.。 鳴弦(つるうち)じゃ。

人を待つ間もなかった。
彼女自身、壁代に寄せかけて置いた白木の檀弓(まゆみ)をとり上げて居た。
  
   それ皆の衆----.反閇(あしぶみ)ぞ。もっと声高に----
  
    あっし、あっし、それ、あっしあっし・・・・



源氏物語「夕顔」の
物の怪が源氏と夕顔(姫)を襲う場面を彷彿させる臨場感に思わず手に汗をにぎります。

ちょっと設定がムズカシクテ・・という方、下記のページを読めばバッチリ理解できます。
http://www.asuka-tobira.com/futakamiyama/futakamiyama.html
(八木先生にはあらかじめリンク許可を頂いてあります。
此の場を借りて再び感謝いたします。)

少し深い理解が欲しい・・という方は、ネットで手に入る範囲で探したところ
大嘗祭(だいじょうさい)の本義」折口信夫
                            〜こちらは青空文庫にありました。
日本紀の敏達夫天皇の条を見ると、天皇霊という語が見えている。
これは、天子様としての根元の魂ということで、この魂を附けると、
天子様としての威力が生ずる。これが冬祭りである。
ところが後には、ある時期において、この魂は分割するのだ、
と考えだしてきた。そして分割の魂は、人に分けてやった。
この分割の一つ一つの魂は、着物をもってしるしとした。
一衣一魂として、年の瀬に、天子様は、親しく近い人々に、
着物を分割してやられた。これを御衣配という。〜中略
これが近世まで続いて、武家時代になっても、
召使に為着(しき)せをくれるよという習慣があった。

また「たなばたつめ」を折口の著書から探すと良いようです。
折口信夫を読んでいると、古事記や万葉集が理解できるように思えます。
折口自身についてこれ以上書くと「ネタバレ」するので・・
ご存知の方々内緒にしておいてください。

「死者の書」のなかで・・
万葉の月の夜。朽ちた肉体を離れた魂が山々の上を飛翔しながら、
飛鳥の都、ニ上山・・と見わたす場面。
万葉ファンには堪えられない印象的な描写です。
そんな本がこれです。
万葉体感紀行―飛鳥・藤原・平城の三都物語
・・・いえ、決して私は小学館の回し者じゃないのですよ。
でもこの本も解りやすかったです。


文頭の画像は「柘植」のつぼみ・・だと思うんですが。
まるく刈り込む前に、愛らしい姿を写真におさめました。

(暦の上では既に夏ですが)
静かな晩春の宵に雨音を聞きながら・・・
私は国文科出とかではないので、おとぎばなしとして楽しんで読みました。
にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ

死者の書 折口信夫 昭和文学全集 巻四 小学館

大嘗祭の本義 折口信夫 古代史研究U 中公クラシックス


万葉体感紀行 小学館

「死者の書」「大嘗祭の本義」は青空文庫にあります。
また、昭和文学全集はたいがいの図書館にあると思います。
万葉体感紀行―飛鳥・藤原・平城の三都物語

設定テーマ

関連テーマ 一覧

月別リンク

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
ちとさん、こんばんは。
前回、貴ブログを私のHPにリンクしたことをお知らせした際、ブログのURLを書いてしまいました。すみませんでした。正しくは、http://www7a.biglobe.ne.jp/〜fusao-m/links3.html です。
折口信夫「死者の書」はやはり昔読んだことがあります。藤原の郎女がなんとも美しく、魅力的に書かれていたのを思い出しております。この小説を読むきっかけとなったのは、たしか、堀辰雄の作品「大和路・信濃路」の中の「大和路」の最終章「死者の書」を読んだことでした。堀辰雄の「死者の書」は、折口の「死者の書」を読んでの感想文のようなものです。これを読んで、どうしても折口の「死者の書」を読みたくなったのでした。これもまた、なつかしい思い出です。
「柘植」のつぼみ、意識してみたことがありません。探してみたいです。
エフ・エム
2008/05/07 18:15
エフ・エムさん、こんばんは。
コメントを頂きありがとうございました。
堀辰雄「大和路」調べたらこの全集の中にありました。先の楽しみが増えました。
ホームページご丁寧に訂正を頂きありがとうございます。読んだ本の記録を残すことで忘れないようにと気楽にはじめたこのブログ、過分なご紹介を頂きさらに恐縮しています。頑張ります。
折口信夫、この次に「山越しの阿弥陀像の画因」という作品があり、彼自身がある程度の解説をいれていました。『そんなものものしい企ては、最初から、しても居ぬ。』ええっ!?・・面白かったです。
ちと
2008/05/08 23:23

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文