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help リーダーに追加 RSS 「窓辺のななかまど」と「寿福寺」高浜虚子

<<   作成日時 : 2008/04/27 12:16   >>

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「小説は尚お続きおり」
を書き終わったところへ、
「柏翠さんがお見えになりました。」
と云って来た。
柏翠の出てくる文章を書き終ったところに其当人が、
しかも三国から突然現れたのは
不思議な心持がせぬでもなかった。

  「どうして来たのです。」
     と私は聞いた。

  「来たかったからです。」
     と柏翠は笑っていた。






愛子亡き後、納骨をすべく「寿福寺」へ向かう途中、高浜家に立ち寄った柏翠。
供える花「著莪(しゃが)」を持って寺へでかけようとするところへ、虚子は、

  「柏翠君、僕も行ってはいけないですか。
  君が一人で静かにいたいと思うなら僕はやめるが、
  構わないのなら僕も一緒に行こう。」と云った。
  「どうぞ一緒に行ってください。」
  と柏翠は云った。


「虹」は昭和二十二年刊行、虚子七十四歳、晩年の作です。
「虹」「愛居」・・「小説は尚お続きおり」「寿福寺」
主にホトトギスなどに寄せられたこれの作品群を、
虚子は『写生文』と呼んでいたそうです。

昭和文学全集の解説はお孫さんにあたる稲畑汀子さん
(やはり俳人です)が書いています。
彼女曰く

私は晩年のこれらの作品に小説というよりは
『句物語』という呼び名こそが似つかわしいと思う。
王朝時代の歌物語や近世の「奥の細道」などの系譜に連なる
散文と韻文の融合美を感じるのである。

昭和三十四年四月八日虚子は享年八十五歳で永眠する。
最後の散文となった「私」の最終回が掲載されたのは
『ホトトギス』の同年五月号であった。
だが、「家」という副題を付けたこの一連の文には
「定め無き人生に定まった家に住まねばといふ考えは無い」
という無常観といっていい人生観が流れている。
祖父が常日頃、ものへの執着を戒めていたのは
このような考えに基づいていたのかと知らされるのである。



解説まで興味深い昭和文学全集
虚子はこの他に、ちょっと悪戯でおちゃめな遊び心のある「古帯」
という作品もあります。古帯はオチが今昔物語風で唸りました。
(いえ、別にね小学館の回し者じゃないですけれど私)
次は柳田國男に行くべきか、折口信夫か
はたまた宮沢賢治か・・・楽しく迷うことが出来ます。

文頭画像は枝をはらった「ななかまど」を窓辺においてみました。
透き通るような葉の緑、庭の光が居間にまでつながって来るようです。

ところで、話は横道にそれますが
・・このななかまどが育つベランダガーデン、
借用条件に「すぐに撤去できるものは設置可」という項目があります。
ななかまど、このまま育てて良いのかな?
さしあたって、今のところお咎めは無いのですがね。

末尾に先日のウインチェスター・カテドラルの写真をつけます。
真っ白い花もありますが、これはややコーラルが掛かっていますね。
巷は黄金週間です。溜まった仕事をゆっくり仕上げるには良い時期。
のんびりと過ごせそうでなによりです。
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